複数の別邸があった富裕華族の住まい

住まいで幸せに暮らすために 華族の住まいに興味があった私は、特に裕福な華族が複数の別邸を持っていることが不思議でした。なぜそんなにいくつも別邸がいるのだろうと、ずっと疑問に思っていました。そこで裕福な大名華族の代表格である、加賀の前田侯爵家の別邸について調べてみました。前田家は戦前まで、本宅以外に高輪、鎌倉、軽井沢、金沢などに別邸を持っていました。よく調べると、どの別邸にもそれなりの用途があったようです。

高輪の別邸はもともと実業家が住んでいた家を買い取ったもので、生活するというより接待や社交場として利用していました。金沢の別邸は、国入りと呼ばれる里帰りの時に宿泊した邸宅です。前田家の建物は洋風が基本ですが、金沢の場合は完全な和風です。洋風のパーティーを開く場所ではなかったからかもしれません。鎌倉の別邸は、他の建物に比べて小さめです。鎌倉は毎週末に侯爵一家が過ごすための場所でした。鎌倉の建物は、社交場より住まいとしての側面が強いようです。

軽井沢の別邸は、本宅に劣らないかなり豪華で大きな洋館でした。夏の間、侯爵一家が過ごすための家です。当時の軽井沢は政財界の要人や各国の大使などがごっそり避暑にやって来ました。そのため、軽井沢の別邸は住まいと同時に社交場でもありました。来日したヒットラー・ユーゲント一行が、軽井沢では前田邸で会食をしています。迎賓館として利用できるような邸宅だったからです。華族にとって要人との社交は重要な仕事です。前田家が所有していた別邸は、用途に合わせて使い分けられ、華族の仕事をこなす場でもあったのだと思います。
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